11章 言語1:心理言語学
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11-1. 言語の特性
11-1-1. 言語の適応的な役割
他の個体が経験したことや考えたことまで利用できる→適応に有利
11-1-2. 伝達媒体としての言語
情報伝達のために媒体が必要
ミツバチの「8の字ダンス」→花のある方向とそこまでの距離を他のミツバチに伝える(von Frisch, 1967)
人間の言語→「音声」
言語の基本的な特性は音声という媒体の性質を強く反映してる
音声と意味の間の関係が必然的ではなく恣意的になる
トリの絵→知覚システムが鳥を見た時と同じ形態を抽出
音声のトリ→鳥の形が見えるわけではない
「トリという音声が鳥という対象を指す」といった恣意的な関係を規則化→それを記憶することが必要
合意があれば、抽象的な概念も表すことができる
情報処理が系列的になる
絵→多数の特徴を並列的に処理できる
音声を同時に発することはできない→情報処理は系列的に行わなければならない
情報を一時的に保持するシステムが必要
発話(utterance)のなかのある程度のまとまりを保持する作動記憶が必要
音声を構造化する規則が必要
絵→部分間の関係は実物のときと同じ処理を視覚システムが行うことで認知可能
音声→個々の音声間の意味的な関係をう伝えるためには構造化するための独自の規則が必要
文法(grammar)あるいは統語規則(syntactic rule)
11-1-3. 動物の音声コミュニケーション
鳥や猿の中にもかなり複雑な音声を発してコミュニケーションをしている種がある
チャボの鳴き声はどういう種類の天敵が近づいてきているのかという情報を伝達している(Evans, Evans, & Marler, 1993)
クジラやイルカも人間には聞き取りにくい周波数で伝達している
11-1-4. 人間の言語の特性
動物の音声は人間の言語と同じか?
恣意性(arbitrariness)
音声とそれが表す対象や状況との間の関係は恣意的
猫→ネコ、キャット、シャ。同じ対象でも全く違う音声。
動物では特定の音声が特定の状況と分かちがたく結びついている。
転移性(displacement)
チャボが鷹を見たときの音声は鷹が見えるときにだけ発せられる。
人間は目の前にいなくても鷹について語ることができる。
二重性(duality of patterning)
言語は意味のない音を組み合わせて意味のある単語を作るという二重構造になっている
キタとタキは同じ音の組み合わせだが別の意味
犬の遠吠えの場合は構成要素に分解し、組み合わせ方を変えて別の意味をもたせるというわけにはいかない
生産性(productivity)
単語の数は有限だが、それを組み合わせることによって無限個の文を作ることができる
動物のコミュニケーションはこれらの特性を持っていないことが多い
すべての特性を備えているのは人間の言語だけではないかと言われている
11-2. 心理言語学と言語学
11-2-1. 心理言語学
1950年代ごろ、ミラーが心理的実在性(psychological realty)を検証
実際に人間が言語学者チョムスキーの理論のように文を処理しているか? 心理言語学の出発点
心理言語学
言語学者は自分自身の言語的直感(linguistic intuition)を頼りに言語を分析することが多い
心理言語学者は心理学的な研究方法に基づいて研究を進めていくことが多い
言語学の方も認知言語学が発生。言語分野の言語学と心理学の違いはあまりなくなってきている。
11-2-2. 句構造の実在性
言語学では文が句構造(phrase structure)を持っていると考える事が多い
句構造の図→構文解析木(parse tree)あるいは木(tree)
複雑な文でも二次元構造に変換し主語と述語の関係がはっきりするようにする
句構造規則(phrase-structure rule):文を句構造に変化する規則
心理言語学者はこのような句構造を人間が実際に使用しているかどうかを研究
発話の切れ目(間 pause)がどこで起こりやすいか調べた研究(Boomer, 1965)
切れ目は区の途中より、句と句の間で起きやすい
切れ目の長さ→句の途中:0.75秒、句と区の間:1.03秒
言い直しについての研究(Maclay & Osgood, 1959)
"Turn on the heater switch"
"Turn on the stove"と言い間違えた場合→the heater switchと名詞句全体を言い直す
こうした研究結果は実際に句が単位となっていることを強く示唆する。
11-3. 母語の習得
11-3-1. 発話の発達
喃語(babbling):生後半年ほどから増えてくる言語音に似た音声
1語発話(one-word utterance):生後1年くらいから1つの単語だけの大人が理解できる言葉を発するようになる
2語発話(two-word utterance):1歳半くらいから2つの単語をつなげるようになる
2語の関係は様々
その後1つの発話に含まれる単語の数は増えていくが、機能語(function word)が欠けている。
機能語:統語的関係(syntagmatic relation)を表し、文の構造を決めるはたらきをする
助詞や助動詞など。
英語の場合、この時期はネイティブスピーカーであっても単数と複数の区別がつかない
語彙爆発(word spurt):憶えるペース→月に数語ほどだったのが、1歳半を過ぎる頃から毎月数十語になる
語彙爆発が起きる前は発話に出てくる単語はせいぜい50語から100語どまり
幼児は単語だけを発しているわけではない
11-3-2. 言語音の区別
幼児のうちはlとrの音素の区別ができる(Tsushima et al., 1994)
馴化・脱馴化法:おしゃぶりを吸うと特定の言語音が聞こえるようにする。
ヒンディ語にあって英語にない音の区別は8ヶ月くらいの幼児は区別できるという報告(Werker & Tees, 1999)
母語にある言語音の区別がだけが残り、ほかは消失してしまうのではないか
11-3-3. 文法の学習
人間が文法がどのように習得しているかは謎
人間は文法の骨格は生得的に持っている
言語に接して変数の値を決める必要がある
異論もある。
子どもは文法的な規則を学習している?
goの過去形はwent。規則動詞にedをつけることを学習するとgoedというようになる例が観察されている
11-3-4. コンピュータによる文法の学習
子どもは一般的な規則を学習したのではなく、ただいろいろな事例を記憶したに過ぎない(Rumellhart & McClelland, 1986)
コネクショニストの神経ネットワークモデルをつかってコンピュータに動詞の過去形を学習させた
人間の子どもと同じような間違いをすることがわかった
e.g. 最初はwent、途中でgoed、それがまだwentに戻る
この主張には様々な観点から反論されている(Pinker & Price, 1988)
コンピュータはmail→membledという英単語にない綴りを出力するなど人間の子どもには見られない出力がみられる
11-4. 第二言語の学習
心理言語学では外国語と言わず第二言語(second language)という
第一言語(first language)は母語。
第二言語が外国語、第一言語が母国語であるとは限らないため。
11-4-1. 臨界期
言語の習得には臨界期(critical period)があるのではないか(臨界期仮説)
子どもは特に意識せずに言語を習得してしまう
水鳥の刷り込み(imprinting)→1回の経験で成立し、効果は半永続的(Lorenz, 1952)
11-4-2. 言語習得には臨界期があるのか
異論:子どもと大人の間には年齢以外にも様々な違いがあり、その方が重要
子どもはごく限られた語彙と単純な構文しか使っていない事が多い
幼児の場合は母語を満足に使えないので習得意欲がかなり高い
そうした違いによる影響をできるだけ排除した研究では、臨界期にあると考えられている12歳より下の子どもより、12歳より上の子供の方が第二言語の上達は早いという報告(Ervin-Tripp, 1974)
年長者の方が言語を学習するために必要な様々な認知的能力が発達しているせいではないか
11-4-3. 最終的な到達レベル
最終的に第二言語をどれだけ流暢に使いこなせるようになるかを調べた研究の多くは早く学習を始めたほうが有利という報告
移住した時の年齢が高いほど文法的な能力が劣っているということを見出した(Johnson & Newport, 1989)
徐々に下がっている→臨界期のような区切られた時期ではない
フレーゲ達も同様の結果を得た(Flege, Yeni-komshian, & Liu, 1999)
日常生活では母語を使う割合が高く、英語を使う割合が低いことも発見した
英語を使う割合が一定の場合
文法的な能力については差がないということがわかった
音声的な能力については早い方が高かった
人間の言語学習には臨界期が存在しないことは確実
早い時期に学習を始めると最終的には高い習熟度に達することができるという程度のものである
しかも、これは音声的な能力だけに限られている可能性がある
11-4-4. 2つの言語の同時習得
幼児期に第二言語の学習を行うと2つの言語を並行して学習することになる
可算名詞と不可算名詞の区別については理解が少し遅れるという報告がある(Gathercole, 2002)
二つの言語を習得することができるかどうかは環境にかなり依存するようである
スペイン語が使われる南フロリダではスペイン語の占める割合が1/4に満たないとスペイン語が上手にならないという研究結果(Pearson, Fernandez, Lewendeg, & Oller, 1997)
家庭の中でも外でも2つの言語を使っている環境では混同が生じやすい(Reich, 1986)
2つの言語が区別しやすいように注意すると混じらなくて済むという報告もある(McLaughlin, 1984)
11-4-5. バイリンガルの知能
言語学者イェスペルセン(Jespersen, 1922)「2つの言語を学ぶための努力は他のことを学ぶ力を弱める」
カナダの東海岸は英語とフランス語のバイリンガルが数多く住んでいる地域がある
教師の間でもバイリンガルはモノリンガルに比べて知能が劣ると言われていた
その教師たちが教えていたバイリンガルの中には貧しい家庭の子どもたちが多く、また全員が両方を流暢に使いこなせていたわけではなかった
バイリンガルのほうが知能テストの成績は高かった(Peal & Lambert, 1962)
異論:この研究で選ばれたバイリンガルの子どもたちはもともと知能が高かったから両方共上手に使いこなせるようになったのではないか
一定期間同じバイリンガルの小学生を繰り返しテストすると、2つの言語を両方ともうまく使える小学生ほど知能テストの成績はよかった(Hakuta & Diaz, 1985)
しかも言語の上達は知能の上昇に先んじていた
11-5. 言語と思考
11-5-1. 言語相対性仮説
「言語は思考の手段でもある」という説がある
言語相対性仮説(linguistic relativity hypothesis) この説によると思考というのは頭の中で声に出さずに言語を操作すること
この説が正しいとすれば、違う言語では思考や認知の内容も違っている
世界の見え方は言語によって異なる相対的なもの
主唱者の名前を取ってサピア-ウォーフ仮説(Sapir-Whorf hypothesis)、単にウォーフ仮説とも。
11-5-2. ウォーフの議論
ウォーフのあげた例(Carroll, 1956)
ホピ族の言語には鳥以外の飛ぶものを指す言葉は1つしかない
エスキモーは雪の状態に応じていくつもの異なった言葉がある
「言語このような大きな違いがあるのだから、それらの言語を使っている人々の思考や認知にも大きな違いがあるはずだ」
言語の違いに対応する思考や認知の違いがあるという証拠はあげなかった。→その後の研究へ
11-5-3. 色名と色の知覚
言語相対性仮説において最も多くの研究がなされてきたのは基本色名(basic color terms)
基本色名:色を表すことを本来の役目とする単語のこと。桃色などは基本色名ではない。
ウォーフ「色彩にもとになる電磁波は連続した量であり、私達が様々な色彩をカテゴリー的に認識するのは、電磁波が色名によって分割されているためだ。」
世界中の98種類の言語で基本色名は最も多い言語には11語、最も少ない言語には2語しかない(Berlin & Kay, 1969)
ニューギニア高地のダニ族は白っぽい明るい色の「ミリ」と黒っぽい暗い色の「モラ」の2語だけ
ダニ族もアメリカ人と同様にすべての色を見分けられるということがわかった(Heider, 1972)
色以外の最近の実験:オランダ vs テネハパ(Levinson et al., 2002)
マヤ族の村テネハパでは自分を基準とした方向「右」「左」を表す語はほとんど用いられない。「坂上」「坂下」という環境基準の言葉は存在する。
テーブルに3つの物体が置いてある。→後ろを向いて先程と同じようにテーブルに並べてもらう
オランダ人の被験者は自分から見て同じ向きに置いた。
テネハパ村は環境の中で方向が同じように置いた。
指示が曖昧なのでこれだけではテネハパが左右の思考がないのかはわからない。どちらも正解。
回転椅子実験(Li et al., 2011)
回転椅子の両端に箱。どちらかにコインを入れて、目隠しをして回転。箱が止まってからコインを取り出す。
テネハパの人たちは左右を正しく判断できた。
11-5-4. 色の記憶と色名
ハイダーの研究では何の影響もないという結論になっていた
30年ほど後にハイダーと同じ方法で実験を行ったところ、色の記憶には基本色名の影響が多少みられた(Roberson, Davies, & Davidoff, 2000)
イギリス人とパプア・ニューギニアのベリンモ族(基本色名5語)を比較
1つの色を5秒見せる→30秒経ってから40種類の色を一度に見せてその中から最初に見せた色を選ぶ
別の名前がついていたときには、色の違いが少しだけ正確に思い出せた
色の知覚には色名の影響はないことがわかっている
色の記憶には多少の影響が認められるが、言語ラベルがつくと想起が容易になるのは目新しい現象ではない
咳あの見え方が違ってくるとまではいえない
11-5-5. 抽象的な思考
色を知覚するプロセスは基本的には生得的だということがわかっている
生得的に決められる割合がもっと小さいと思われる抽象的な思考の場合なら言語の影響はもっと大きく現れる可能性がある
反事実的な思考の能力は常に中国人・日本人よりもアメリカ人のほうが勝っていた(Bloom, 1981, 1984)
「西欧の言語は反事実的条件法(couterfactual)を表すための特別な文法的な仕組みを持っているが、中国語・日本語にはそれがない」
反事実的推論は高度な科学的思考に必須のもの→言語相対性仮説が正しいのであれば、中国人や日本人はアメリカ人と比べて科学的思考能力が劣るはずだ
中国系の心理学者達がブルームの実験を追試したところ、実験結果は再現できないことがわかった(Au, 1983; Liu, 1985)
筆者が追試したところ、実験結果は再現できたが、ブルームの実験手続きにはミスがあり、彼の解釈は誤っていた(Takano, 1989)
ブルームの実験結果は言語の違いによるものではなく、数学的な知識の違いによるもの
その違いを取り除くとアメリカ人と日本人の間の成績の差は消えた
11-5-6. 非言語的な情報処理
言語と思考の問題を研究している専門家の中には思考=言語という強い主張をしている人は現在では一人もいない
言語習得前の乳幼児や動物についての観察や実験から、言語がなくてもある程度の思考はできることが明らかになっている(Pearce, 1987)
現在の研究対象は「言語は思考に影響する」
言語の思考に対する影響が以外に小さい→人間が行っている情報処理の大部分が非言語的なプロセスなのではないか
言語を習得している大人の場合も知覚の情報処理はほとんどが言語とは無関係に行われている
コンピュータに問題解決や自然言語を理解させようとすると自然言語の語彙には含まれない多数の記号が必要となる
11-5-7. 「思考=言語」という実感
「日本語で考える」「英語で考える」という実感
思考は言語とは完全に独立して行われるが、その非言語的な思考は意識では直接モニターできないものと仮定
日本語で考え、それを英語に翻訳した:思考→日本語処理機構→意識 & 英語処理機構→意識
英語で考える:思考→英語処理機構→意識
11-5-8. 言語差別
言語差別(linguicism):「自分が使っている言葉は他の言葉より優れている」という差別